声量はセンプレ-ピアニッシモ

Shoma Tateda

東大/3年/コントラバス

フォイヤーに入ったきっかけは?

サークルオリエンテーションで最初に行った団体がフォイヤーで、その時に話した先輩達に惹かれて入った感じです。(かわいい先輩に目が眩んだことは秘密です。)何となく雰囲気が好きで、ここでやったら大学生活楽しそうだなと感じました。
浪人時代1年間机に向かう生活をしてたのもあり、何とも華やかに見えましたね。
あとは金銭的な面と練習時間場所を考慮してという感じです。

中学・高校時代はどんな生活だった?

中学は、全校生徒20人程度の学校でした。とてもアットホームな雰囲気の学校で、人数が少ない分、1人の役割も多め。僕は3年生で生徒会長を務めました。学習発表会の閉会式、会長挨拶で「恋するフォーチュンクッキー」を踊り始めるというのはいい思い出です。
高校は家から離れた街中の学校に入学することになり、自宅から自転車で14km、毎日山を下って通いました。それが変わった伝統がある高校で。例えば1年生男子は入学してすぐ、先輩に頭を面白く刈られた後、体をカラフルな塗料で塗り、わらじに腰みのという格好で街中を踊り歩くという行事がありました。
中学高校と、かなり貴重な環境で育ったんだなと振り返って思います。

自分はどんな人だと思う?

適度に雑で、ずるい人間です。他から見たらそう見えないのもずるいです。
長く付き合うとバレてしまいます。

■ 他の団員から見た「舘田」

「本当に声が小さい。何言ってるかわからないという周りからのクレームもあり、本人も努力しているようですが、なかなか声量がアップせず。去年の新歓合宿のバス車内では、拡声器を使って話していたのがおもしろかったです。」
(オーボエ/4年/女)

キャラクター、動物などに例えると?

タツノオトシゴ。じっとしていられます。

フォイヤーで、特に印象に残っていることは?

入団してすぐの五月祭でピアニカを吹いたことです。ソロもあって、今考えたらよくこなしたなと思います。1年生で何も知らないからできたようなものです(笑)ポルウナカベーサというタンゴの曲をバレエダンサーと共演する形のプログラムで、お客さんの反響も良かったです。そこで早くもソロデビュー(?)できたことは幸運だったなと思います。ちなみにオケでは僕はコントラバス弾きです。

フォイヤーに入ってから今までで変化したことは?

価値観が変わったと思います。少し傷物でも安ければいいという価値観だけでなく、多少高くても良いものは良いという価値観を理解するようになりました。お金とモノに限った話ではなく、です。

1週間の生活、どんな感じ?

授業は週15コマくらい。空きコマと放課後に図書館で課題をやります。放課後予定のない日は駒場で21:30まで楽器の練習をします。バイトは家の近くにあるうどん屋で1年生の3月から始めました。
ちなみに鳥獣戯画は自筆です。